傷痕
を背中から抱き込んで、キスをする。腕の中にすっぽり収まる小さな体は抱き心地が良くて、薄い浴衣の上から体をまさぐるとその細くて骨ばった体の形を手のひら全部で写し取れそうだった。唇を強く押し当てて
の舌を絡めとる。お互いの息遣いだけに耳を澄ませて、それ以外は何も聞きたくないし感じたくない。身八つ口から手を差し込んで触れた胸が手のひらに吸い付くようによく馴染む。
が口づけの合間に小さく喘ぐと、耳の裏に鳥肌が立つほど気持ちが良かった。
帯に腕を掛けると、それを抑えるように
の非力な腕が伸びてくる。それを振り払うのは簡単だったけれど、土方はそこで動きを止めた。
「どうした? これ」
至近距離から
の目を覗き込んで、土方はささやき声で言った。これ、と言って土方の指が撫でたのは、
の左腕に巻かれた白い包帯だった。
「あぁ、すいません。邪魔ですか?」
は土方の胸に手をついて身じろぎをしながら言った。力いっぱい土方に抱きしめられて、体が強ばったようだった。
「そうじゃなくて。怪我でもしたのか?」
「天ぷら油がはねて、やけどしちゃったんです。大したことないですよ」
「ふぅん」
土方は包帯の上から
の腕を撫でて、指先で手の甲を撫でる。家事のために短く切られた爪はところどころひび割れていて、ささくれだったそれは触れるとちくちくした。よく見ると手の甲にも変色した部分があって、きっとこれもやけどの痕なのだろう。あかぎれてひび割れしている指もあって、見ているだけで痛々しい。
その指の腹を撫でるように手をつないで、土方は
を胸に抱き寄せた。
「お前、こういうのもうちょっと気をつけろよ。女なんだからさ」
「毎日、家事をしてれば、しょうがないんですよ」
「だからって、ちょっとは手入れするとかあんだろ? やけどの痕も、薬使うとかさ……」
土方の胸に頬を押し付けて、
はくすくすと笑った。
「何がおかしいんだよ?」
「だって土方さん。銀さんと同じこと言うんですもん」
死んだ魚のような目をした男の顔が脳裏に浮かんで、土方の腹の中に、ぐらりと熱いものが煮えた。思わず
を押し倒して、力任せに腰を掴む。
「こんな時にあの野郎の名前を出すんじゃねぇよ」
は楽しそうに悲鳴を上げて、土方に組み敷かれたまま笑った。
「ふふふっ。ごめんなさい。おかしくって……」
「何がだよ?」
「何でもないです。気にしないでください」
「そんなん言われたら余計気になるじゃねぇかっ」
涙を浮かべながら笑う
を見下ろして、土方は腹の中で煮えたぎる熱をぐっと押さえ込む。
が万事屋と親しくしているのは知っているし、昔馴染みとしてのよしみがあるからだと聞いているし、ふたりにそれ以上の関係はないと分かってはいるのだが、こんな時にも
が平気で名前を出したりするから癪に障る。土方はその苛立ちをうまく処理できず、大きなため息をついて
の肩に額を押し付けるようにしてうな垂れた。
「ったく。人が心配して言ってんのによぉ」
「ごめんなさい。ありがとうございます」
はその細い腕で土方を抱きしめた。
のささくれだった指が土方の後ろ頭を撫でて、指先でくるくると毛先をもてあそぶ。思いのほかこそばゆくて、土方はその手をとって、布団の上に押し付けてもう一度口づけをした。消えない苛立ちが仕草になって現れて、
は土方の体の下で苦しそうに身をよじる。かといって優しくしてやろうという気にもなれず、無理矢理帯を解いて細い腰をきつく抱きしめた。
の体はびっくりするほど細くて頼りない。小ぶりの胸だけがかすかに柔らかくて、抱きしめた時にほんのりと存在を主張してくるそれはいじらしくてかわいいのだが、腹を撫でると肋骨の一本一本まで手のひらで感じ取れた。土方が本気を出したら、きっとひと呼吸で折れてしまうだろう。
土方はふと、
を抱きしめる腕の力を緩めた。
「……土方さん?」
潤んだ声で、
が言う。半裸で土方の隣に横たわった
を見て、土方はついと目をそらしながら言った。
「お前ってさ、……本当にあの野郎と何もねぇの?」
思いがけないこと言われて、
は目を丸くした。
「そんなこと心配してるんですか?」
「お前がいらんこと言うのが悪ぃんだろーが」
土方は顔を上げていられなくなって、目を伏せる。本当はこんな、情けないことは言いたくはない。けれど、苛立ちを押さえ込んだまま
を抱いたら、手加減ができなくて
を壊してしまいそうな気がした。
はいつも土方がするのに任せてすっかり体を預けてくるから、そうしようと思えばいつだって
を好きなようにできる。土方は、それが苦しかった。
そんな土方の気持ちを察したのか、
は土方の肩を押して、半身を起こした。土方の腕の中の範囲で、浴衣を肩にひっかけただけの格好で、
は微笑んだ。
「銀さんとは、本当に何にもないですよ。土方さんと銀さんがおんなじ事を言ってたっていうのは本当なんですけど。からかってごめんなさい」
「からかってたのかよ」
「だって、土方さん、すぐ怒るから面白いんですもの」
は思い出し笑いをしてぷっと吹き出した。土方は腹が立ったので、唇を塞いでその笑いを遮った。
「で、あいつには何て答えたんだよ?」
「嫁の貰い手なくなるぞって言われたので、売れ残ったらもらってねっていいましたよ」
「……本気で言ってんのか?」
「売り言葉に買い言葉ですよ」
「お前も大概いい性格してるよなァ」
土方は
の肩に掛かった手櫛で梳いて、肩の向こうに髪を流す。くっきりと浮き出た鎖骨が影を作って、
を余計に頼りなさげに見せた。その時、こめかみの辺りに白く浮き出るような傷跡を見つけた。いつもは前髪に隠れて見えない場所だ。親指でそれを撫でながら、土方は言った。
「これは? やけどの痕じゃねぇだろ?」
「それは、子どもの頃転んで、敷石にぶつけた時の傷ですね。銀さんたちと缶蹴りしてた時だったかな」
「缶蹴り?」
「そういう傷ならたくさんありますよ。みんなやんちゃだったから、毎日転ぶわ落ちるわ喧嘩して殴り合いがはじまるわ。私はよくそれに巻き込まれて……」
土方は一体どんな顔をすればいいか分からず、持て余した気持ちを拳に握りしめて枕を殴った。元々万事屋のことなど大嫌いだが、憎しみがより増したような気がした。
「土方さん」
ふと、
の手が土方の肩から浴衣の下に滑り込んで片肌を露わにした。そこには銃で撃たれた傷跡が生々しく残っていて、
はそれを優しく撫でた。
「私のやけどや、傷痕は、きっと土方さんのこれと同じなんですよ」
「あぁ? どこがだよ?」
「私たちが生きてきた証、っていうと大袈裟ですけど……。そういうものだと思うんですよね」
の手が横に滑って、土方の二の腕にある刀傷を撫でる。手の甲にある、いつできたかも分からない傷跡に触れる。
はそれを、胸に抱くように両手で握りしめた。
「土方さんの怪我は、お仕事を頑張った証でしょう? 私にとっては、やけどとか、爪のささくれとか、傷跡が、私が頑張った証なんです。あんまり綺麗なもんじゃないですけど、まぁ、いいかなぁって、思うんですよ」
土方は
が握り締めた手を解いて、その肩に掛かった浴衣を払い落とした。骨ばった肩が露わになる。
の柔らかな肌の匂いに誘われて、その肩口に唇を押し付けた。
「……万事屋の野郎は、何て言ってた? 嫁にもらってくれるって、約束でもしたのか?」
肩口でぼそぼそという土方の声を聞いて、
はにんまりと笑った。土方の肩から浴衣を滑り落とし、そのままその背中を抱きしめた。
「振られましたよ。銀さんは、もっと尻の軽い女が好みなんですって」
「じゃぁ、売れ残ったら俺がもらってやるよ」
「いいんですか? こんな体中傷だらけの女で」
「それはお互いさまだろ」
土方は体重をかけて
を押し倒すと、こめかみの白い傷跡に唇を押し当てた。細く頼りない体をいたわるように抱きしめて、肋骨の浮いた腹を優しく撫でた。白く柔らかい足を開いて、できるだけゆっくり腰を突き上げる。
の潤んだ瞳を見つめて、薄く開いた唇を穏やかに塞いだ。
つないだ手に
の爪のささくれが刺さる。その小さな痛みすら切ないほど愛おしくて、土方は深く
を抱きしめた。
20140929
体には、その人の人生が表れると思う。