!! 銀時、土方との3Pです。高杉の死をいじっている場面があります。 !!










 喉がカッと焼けるような酒を豪快に煽りながら、銀時は土方に抱かれるを見ていた。

 無理に引き下ろした着物の襟から零れた胸、裾をからげて付け根まで露わになった足、あられもない嬌声を上げる唇。

 とは、子供の頃から兄弟のように育ってきた。互いのことは知りすぎるほど知っている。けれど、こんなにも激しく快楽に溺れる一面を知ることになるとは、想像したこともなかった。

「おい、お前」

 土方が胡乱な目で銀時を睨む。その手はの胸や陰部を忙しなく弄っていて、低い声を漏らした唇も、半分はの口を塞いでいた。

「あんだよ?」
「ぼーっとしてねぇで、さっさと帰れ」
「やだよ、まだ酒も残ってんだから」
「邪魔だって言ってんだよ」
「勝手におっぱじめたのはそっちだろ。こっちはこっちで好きにさせてもらうぜ」

 がねだるような声を上げて、甘く土方を誘う。土方は銀時を睨みつけながら、舌を突き出して深くの口を塞ぎ、ふたりの世界に戻っていく。

 の喘ぎ声と、粘膜が擦れ合う水音、乱れた着物の衣擦れを聞きながら、銀時はひとり、酒を飲む。

 どうしてこんなことになったのか。話は二時間ほど前に遡る。



 遅い昼の定食屋で、銀時は偶然、土方と鉢合わせた。女将がひとりで切り盛りしているこの定食屋はふたりの行きつけで、宇治金時丼や土方スペシャル、他の店にはない隠れメニューを「おばちゃん、いつもの」の一言で提供してくれる、ありがたい店だ。

「銀さん、土方さん。実はね、すごく良いお酒が入ったのよ。良かったらふたりで飲んでいかないかい?」

 カウンターに並んだふたりに、女将は笑顔でそう言った。

「いい酒? どういう風の吹き回しだよ、おばちゃん?」

 口元につぶあんの皮をくっつけた銀時が言う。

「悪いが、昼間からは酒はちょっとな。オフとはいえ、いつ呼び出しがかかるか分からねぇんだ」

 口にかき込んだマヨネーズを飲み込んでから、土方が言う。

 女将は頬に手を添えて笑った。

「いやね、知り合いの伝手でもらった酒なんだけどさ、あんまり高価すぎて、うちみたいな安い定食屋には似合わないんだよ。どうしようかと思ってたら、ふたり一緒に顔見せてくれただろ? しばらく前に約束してたじゃないか。今度一緒に飲もうって。その約束に、私も花添えさせてくれないかい?」

 すっかり忘れていたが、そういえばそんな話をしたことがあった。あれは、真選組が江戸を離れる直前のことだから、もう2年以上前のことになる。

 銀時と土方は顔を見合せた。わざわざ一緒に酒を飲みたいと思うほどの相手ではないが、女将の気持ちを無下にするのも悪い。それに、ただ酒を飲めるというのなら断る理由はなかった。

 女将はふたりのために、定食屋の二階にある座敷を開けてくれた。以前は、客足の多い昼時に使っていた部屋だったのだが、夫が亡くなってから経営を縮小したため、今ではほとんど使っていないのだと言う。

「いやぁ、昼飯食いに来ただけなのに、運がいいねぇ」

 酒瓶を持ち上げて機嫌良く言う銀時に、土方はぐい吞みをつまみ上げながら答えた。

「言っとくが、俺はそんなに飲まねぇぞ」
「安心しろ。お前の分まで俺が飲むからな」
「なんか、それはそれで腹立つな」

 女将は適当につまみを見繕って、テーブルに並べていってくれた。全く、至れり尽くせりである。特に何をしてやった覚えもないのだが、ずいぶんと好かれたものだ。

「とにかく飲もうぜ。呼び出しはあるかもしれねぇが、ないかもしれねぇんだろ? せっかくのいい酒だ。味わえよ」
「しょうがねぇな」

 がやってきたのは、ふたりで差し向いに座り、それぞれのぐい吞みに酒を注ぎ合っている時だった。

「あら、銀さんも一緒だったの」

 銀時の姿を見るなり、は嬉しそうに顔をほころばせた。

「おぉ、。久しぶりだな。お前も飯食いに来たのか?」
「ううん。ちょっとお使いのついでに寄ったの。土方さん、午後から雨の予報なのに傘を忘れていったでしょう?」
「雨? そうだったか?」
「持ってきましたから、帰りに使ってください」
「わざわざかまわねぇのに」
「たまたまこっちに来る用があったので」
「すまねぇな、使わせてもらう」
。良かったらお前も一緒に飲んでいかねぇか?」

 は「え?」と首を傾げた。

「でも、用事があるから。それに、せっかくふたりで楽しんでるところ悪いし」
「野郎ふたりで飲んでも、せっかく酒が不味くなるんだよ。なぁ? お前もそう思うだろ?」

 土方に水を向けると、うんと深く頷いてみせた。

「そうだな。女将の好意とはいえ、こいつと差し向かいで飲んでも何の実りもねぇし。一杯でいいから付き合えよ」
「でも、ふたりのためのお酒なのに、私がいただくのは……」
「その酒をもらった俺がいいって言ってんだよ。固いこと言ってないで付き合えって」

 はほんの少し戸惑ったものの、結果的には誘いに乗った。



 その酒は、口に含んだだけで頭がぐらりと傾くほど強い酒だった。それで手を引けばいいのだが、かっと喉を焼くような刺激の後に口の中に広がる旨味と香りには、一瞬で人を虜にしてしまう魅力があった。これ以上飲んだらまずい、頭ではそう分かっているのに手が止まらない。ほとんど中毒だ。

 これは飲むための酒ではない、飲まれるための酒だ。そう気付いた時にはもう遅かった。

ちゃんちゃん! もう一杯頂戴! もう一杯!」

 顔を真っ赤にしてへべれけになった銀時は、の目の前にぐい呑を突き出す。

「もう、銀さんってば飲み過ぎよぉ」

 そう答えるも、いつになく上機嫌で声のトーンが高い。何がおかしいのか、ずっとくすくす笑っている。

「それっぽっちで酔っ払っちまうなんざ、万事屋、お前も焼きが回ったなぁ」

 土方もすでに目の焦点が定まっておらず、上半身が不安定にぐらぐら揺れていた。

「おい、。俺にも注いでくれ」
「はいはい。いいですけど、私には誰が注いでくれるんですかぁ?」
「よし、俺が注いでやろう。傘の礼だ。たんと飲め」
「わぁ、ありがとうございます。わざわざ持ってきた甲斐がありました」
「それにしてもさ、何だよ、傘って。突然降られたんなら、黙って雨に打たれるのが侍ってもんなんじゃないの? っていうか、お前はコンビニのビニ傘くらい五本や十本買ったって釣りが来るくらい稼いでんだろうが。買わせっちまえば良かったんだよ。両手に五本ずつ傘差して歩いたら、町の人気者になれるかもしれねぇよ。そうしたら真選組の人気も鰻登りかもな」
「俺は大道芸人じゃねぇんだよ!」

 は腹を抱えてけらけら笑った。ツボに入ってしまったのか、なかなか治らない。土方の怒鳴り声との笑い声が重なって、銀時の頭はうわんうわんと鳴った。

 は笑い過ぎて浮いた涙を拭いながら言った。

「銀さんのその憎まれ口、本当におかしい。お腹が痛くなっちゃった」

 銀時は渋面になった。

「いや、別に面白いこと言おうとか思ってねぇし。ただ、思ったままのこと言ってるだけだしぃ」
「そんなこと思いつくこと自体が才能だと思うけどなぁ。子供の頃からそうよね。口喧嘩しても、何度も言い負かされたっけ」
「ガキの頃から、口から生まれたような男と言われてきたからな、下の方の」
「それを言うなら人類なら皆そうよ。やっぱり天性の才能よ」

 銀時は頬がカッと熱くなるのを感じて、とっさに目を逸らした。自分の喋り方は、口うるさく鬱陶しいだけだと思っていたし、褒められたこともない。酔った人間の戯言だと分かっていても照れ臭かった。

「別に、そんな褒められるようなことじゃねぇし。新八にも神楽にもいつも鬱陶しがられてるしぃ。そりゃ、この話術で誰かを言い負かしたり騙くらかしたり、することもないわけじゃないよ? でも、口から出まかせの屁理屈だからね」
「そう言えば、桂くんや高杉くんも鬱陶しそうにしてたわねぇ。懐かしいなぁ。私、銀さんのせりふでずっと忘れられないのがあるの。何だか分かる?」
「分かるわけねぇだろ。言ったこといちいち覚えてねぇよ」

 はテーブルに肘をついてぐっと身を乗り出す。その瞬間、甘い猥雑な匂いが銀時の鼻先をかすめた。酒との息が混ざった、記憶を揺さぶるような強烈な匂いだった。

「高杉くんが寺子屋に道場破りに来て、初めて銀さんから一本取った時のこと、覚えてる?」
「……覚えてるけどよ」
「その時、銀さんこう言ったの。俺の処女膜破られたって」

 ブッ、と音を立てて酒を吹いたのは土方だった。はあらあら大丈夫ですかぁ? と笑いながら、土方の濡れた手や着物を拭う。

「あの時は、どういう意味だか分からなかったんだけど、何かものすごいせりふを聞いたような衝撃だけは記憶に残っててね。大人になってから思い出した時には、度肝を抜かれたわ。あんな言葉どこで覚えてきたの?」

 土方が酒を噴き出すほど驚いたのは、の口から処女膜だなんて言葉が飛び出してきた衝撃からのようだ。を見つめる見開いた目の瞳孔が開ききっていた。

「別に、そこら辺にいたおっさんの話を耳に挟んだだけだろ」

 銀時は土方の様子を伺いながら答えた。土方は、こういう猥雑な話を進んでするような男ではない。自分の女がこんな話をするところを見て、どんな反応をするのか興味があった。

「銀さんって子供の頃からそういう所に出入りしてたのね。本当に、子供の教育に悪いことばっかりしゃべって、自分も子供のくせにね。私、よく松陽先生に耳を塞がれたわ」
「今の俺でもそうするわ。女子供にはちぃとよろしくねぇ環境だったな」
「その筆頭の銀さんが言うことじゃないわね。あぁ、そうそう、こんなこともあった。銀さん、高杉くんと桂くんと派手に喧嘩して、先生にお仕置きされたことあったでしょう?」
「喧嘩なんて毎日のようにやってたよ。毎日毎日飽きもせず勝負仕掛けてくる野郎相手に、親切に相手してやってたよ」
「剣術の稽古じゃなくて、ほら、三人で取っ組み合って殴る蹴るの大喧嘩になったことがあったじゃない。居間のあちこちが壊れちゃうくらい派手に暴れて、罰として、三人で障子の張り替えやらされたでしょ」

 そこまで説明されれば、さすがに記憶が蘇ってきた。

 あれは、一冊の春画が原因で起きたことだ。その春画は、銀時、高杉、桂、三人の共有財産だった。銀時が路地裏のゴミ捨て場からくすねてきたもので、三人は年頃の少年らしく回し読みしていた。使い終わったら必ず同じ場所に返しておくという約束だったのだが、ある時、その春画が忽然と消えたのだ。三人は、自分以外の誰かがこっそり持ち逃げしたのだと考え、互いを責めた。ところが、三人とも「俺じゃない!」の一点張りで、収集がつかなくなり、取っ組み合いの喧嘩に発展してしまったのだ。

「あれって、押入れの天袋に隠してた春画が原因なんでしょう?」

 春画、という言葉を聞いた瞬間、土方はまた酒を吹いた。が「あらまぁ」とか言いながら着物を拭う。

「なんでお前がそれを知ってるんだよ? ヅラか高杉から聞いたのか?」

 言ってみたものの、あのふたりがにそんな話をするわけがない。銀時は今の今までそのことを忘れていたくらいだ、忘れたことは話せない。ということは、だ。

 は宝箱を開くような笑顔を浮かべて、十年越しの告白をした。

「実は、あれを持ち出したの、私なのよ」
「「はぁ!?」」

 なぜか土方まで大声を出して目を剥いた。

「なんでてめぇがあんなもん持ち出してんだよ!! 女が見るもんじゃねぇだろ!! それとも何か!? 使ったのか! 使ったのか!? お前実はあんなガキの頃からあばずれてたんか!? 俺ぁお前の純潔だけは信じてたんだぞ!! 裏切りやがって!! なんのためにあんなとこに隠してたと思ってんだ!! お前に見つかんねぇためだろうが!! 俺らの努力水の泡じゃねぇか!!」
「やだ、銀さんじゃあるまいし、私そんなに進んだ子供じゃなかったわよ。確か、何かを探してて、たまたま見つけたんの。もうびっくりしちゃって、子供心に凄い衝撃だったんだから。見てはいけないものだと思ったし、すごく悪いことをした気分になっちゃってね、誰にも相談できなかったの。それで、さんざん悩んだ末に、これはここにあっちゃいけないものだと思って、裏山に捨てたのよ」
「エロエロの春画持って女ひとりで山に入ったりしたらいけませんんん!! 浮浪者にでも見られたら何されたか分かったもんじゃねぇぞ!! 何やってんだお前は!! 馬鹿か!! 貞操が無事で良かったな!! 銀さん今更ほっとしたわ!!」

 ひとしきり怒鳴り、罵り、笑い疲れた頃には、銀時ももぜえはあと肩で息をしていた。

 は手酌で酒を注いで水を飲むようにごくごくと飲み干すと、憑き物が落ちたような顔で息を吐いた。

「はぁ、すっきりした。誰にも言わずにずーっと胸にしまってたの。それが自分でも気づかない内に、ストレスになってたのね。胸のつかえがとれたみたい。話せてよかった」
「俺は今更肝が冷えたよ。そうか、あれお前の仕業だったんか。今度ヅラに話しとくわ」
「ありがとう。ちゃんと謝っておいてね」
「それはいいけどよ……。高杉の野郎、ことの真相を知らねぇまま死んじまったぞ。どうすんだよ。あいつ根は中2だから、こういうことは絶対覚えてるぞ。ポートピア殺人事件借りパクしたことも覚えてたしな。死んでも死にきれねぇんじゃねぇか、これ」

 と、その時だ。

 ガンッ、と大きな音を立て、土方が拳でテーブルを殴った。ぐい呑みが割れるのではないかと思うほどの衝撃に、笑いっぱなしだったは黙り込み、銀時は膝の上に酒をザバッ、と零した。

「いい加減にしろよお前ら!! 俺の目の前で俺の知らない話をするな!! 疎外感半端ねぇんだよこん畜生!!」
「ちょ、やだな、土方くんってば、何を興奮してんだよ。飲み過ぎだよ、飲み過ぎぃ」
「そ、そうですよ。ほら、ひとまず飲んで落ち着きましょう。はい、ぐーっと、どうぞ」

 に進められるまま、注がれた酒を飲み干した土方の目は座っていた。

「ったく、黙って聞いてればふたりで楽しそうにへらへらへらへら思い出話に花咲かせやがって。そりゃ、話題はつきねぇだろうよ。当然だ、昔馴染みなんだからな。だからって、俺ひとりを邪魔者扱いするような態度はどうなんだ? 万事屋はともかく、お前まで! あぁもうがっかりだ!」
「まぁまぁ落ち着けって、邪魔者扱いだなんて、それはちょっと言い過ぎだよ? ちょっとテンションが暴走しちゃっただけじゃん。なぁ、?」

 なんとかフォローしようと、銀時が水を向ける。が、は明らかに笑いをこらえていると分かる顔を、両手で覆い隠そうとして失敗していた。酔いに潤んだ瞳の瞳孔が開いて、黒目がちにきらきらしている。目は口ほどに物を言う、と言うが、まさにそれを絵に描いたようだった。何をそんなに嬉しそうにしているのだ。

 土方がまた、バンッ、とテーブルを叩く。

「この際だ! はっきりさせようぜ! 前からずーっと気になってたことがある! 万事屋! 嘘偽りなく正直に答えろ! ふざけたこと抜かしやがったら士道不覚悟で切腹だからな!」
「切腹って、俺、真選組隊士じゃねぇんだけど……」
「答えるのか!? 答えないのか!? あぁ!?」
「あぁ、分かった分かった、ちゃんと答えてやるよ。何だよ、はっきりさせときたいことって?」

 土方は両膝に手をついて前のめりになり、一世一代の告白をするように真剣な表情になる。その口から出た言葉は、思いもよらないものだった。

「お前ら、もしかして昔、いい仲だったことがあるのか?」
「はぁ? 何言ってんのお前?」
「お前らはな、いくら昔馴染みとは言っても、なんか、こう、近いんだよ! 距離が!」
「そうか? 別に普通だろ?」

 そんなことは考えたこともなかったし、誰かに指摘されたことも無い。
 土方は納得がいかないらしく、ますます激しく噛み付いてくる。

「いーや! そんなはずはねぇ! 何の関係もない普通の男と女が! ふたりで飲みに行ったり、素寒貧の時に荷物持ちの仕事くれてやったり、屯所の余り物をわざわざ届けてやったりするわけねぇだろう!」
「うん。全部俺がしてもらってることだね。それ」
「世話焼かれ過ぎなんだよ! どう考えても何もなかったとは思えねぇ!」
「んなこと言ったって、それは別に俺から頼んでるわけじゃねぇんだよ。こいつが純粋に、好意でしてくれてることで、なぁ?」
「ほら見ろ!! 好意ってなんだ!! つまりそういうことじゃねぇか!!」
「いやいやそういう意味じゃねぇよ! おい、! お前も何か言ってやれって!」

 こんな誤解をされては、きっともたまらないはずだ。銀時はそう思ったのだが、は、愛も変わらず笑い転げていた。今は、ほんの少し呆れたような、諦めにも似た笑い顔をしている。

「ごめんね、銀さん。土方さんってばいつもこうなの」
「え、そうなの?」

 いつも、というのは一体どれくらいの期間と頻度を言っているのか。こんなことをしょっちゅう問いただされたら鬱陶しくてかなわなかっただろうに。

 土方はを指差して怒鳴る。

「お前が誤解されるような行動をするのが悪いんだろうが!」
「でも、そんな誤解してる人は土方さんの他にいませんよ。それってつまり、土方さんが穿った見方をしてるっていうことじゃありません?」
「てめぇ、俺の目は節穴だとでも言いたいのか? 馬鹿にしてんのか、おい」
「そんなわけないじゃないですか。ねぇ、銀さんも何か言ってあげて」
「おいおい、それじゃたらい回しじゃねぇか。お役所仕事じゃねぇんだよ」
「私はいつも懇切丁寧に説明してるの。それでも分かってくれないんだから、後はもう銀さんに任せるしかないわよ」

 そう言うなり、は膝を引いて立ち上がる。それを追いかけるように土方の手が宙を泳ぐ。

「どこ行くんだよ?」
「お手水」

 あれだけ飲んでいても、の足取りはしっかりしていた。襖の向こうにの後姿が消えるのを見送った銀時は、嫌々ながら仕方なく、土方と膝を付き合わせる。

「まぁ、お前、ちょっと落ち着けよ。な?」

 ぐい吞みを持たせて酒を注いでやると、土方はそれをひと息に飲み干した。

「俺だってな、こんなこと言うのは男らしくねぇし、みっともねぇって分かってんだよ。けど、お前だって分かるだろ? てめぇの女が他の男といたら、それだけで腹立つもんだろ?」
「分かる分かる、その通りだよなぁ」

 本当はちっとも分からないが、銀時はひとまず話を合わせておいた。そして、酒を注ぐ。土方は黙って飲む。

「あいつがあんなに楽しそうに昔話なんかしてるのを見ると、ますますやりきれねぇ」
「あぁ、嫁さんの同窓会について行ってはみたもの、知り合いもいねぇし、話題もねぇし、もう飯食って酒飲むしかすることねぇ、みたいな感じな」
「しかもあんな、下の話で盛り上がるとは」
「お前とはあぁいう話しねぇの?」
「しねぇな」
「惚れた男の前じゃ照れ臭いんじゃないの? 『こんな下ネタ言ったら、土方さんに嫌われちゃう!』とか、思ってんだよ。女ってそういうところあんだろ。てめぇの女がやらしい方が嬉しいもんなのにな」

 銀時が裏声を使っての声真似をすると、土方は唇を歪めて卑屈に笑った。

「逆に言えば、お前とは平気で下ネタ言い合えるほど、気心知れてて遠慮のない仲だってことだろ」
「付き合いが長けりゃ自然とそうなるよ。それとも何か? お前、もしかしてうらやましいのか?」
「あぁ、そうだな。そうかもしれねぇ」

 土方の声はやけに素直だ。空恐ろしいほどの素直さだ。

 銀時は注意深く土方を観察する。調子に乗って、飲ませ過ぎてしまったかもしれない。土方にとっては大事な話をしているのに、これでは記憶が飛んでしまうかもしれない。

 銀時の心配をよそに、土方はぐい吞みを見下ろしながらこぼすように続けた。

「お前は、俺が知らないあいつを知ってる。お前といる時のあいつは、なんだかいい。肩に力が入ってねぇし、すごく自然に振る舞ってる感じがする」
「お前といる時だってそうだろ」
「いや、俺といる時のあいつは、何て言うか、澄ましてるんだ。自分を良く見せようとしてるっていうか、俺の役に立とうとしてる。わざわざ傘を持ってきたのだって、そういうことだろう」
「惚れた男にはなんでもしてやりてぇと思うのは、当然のことなんじゃねぇか?」
「俺は、あいつの外面に惚れたわけじゃねぇ。役に立つから惚れたわけじゃねぇ。あいつの良いところは、人の見てねぇところでも仕事に手を抜かねぇところだ。人一倍頑張り屋なところだ。どんなに辛いことがあっても、笑っているところだ。だからこそ、俺のそばにいる時には、取り繕ったりしねぇで、ありのままのあいつでいて欲しい。そう思ってるのに、実際にそれをしてやってるのは万事屋、お前の方だ」

 そんなこと考えていたとは、銀時は思いもしなかった。真面目な男だとは思っていたが、これでは真面目を通り越してほとんど自虐だ。

「あいつは、お前といる方が幸せなんじゃないのか?」

 そう言った土方の目に光るものを見て、銀時は仰天した。絶対に酒のせいに決まっている。けれど、土方の涙など、重すぎて受け止めきれない。

「いやいやいやいやいや! 万年金欠の糖尿寸前でまるで甲斐性なしのくそ天パに、女を幸せにできるわけないだろ! その点、お前はどうだ? 天下の真選組副長、公務員で老後も安泰! 真選組一のモテ男だろ!? 自信持てよ! 大丈夫だ! お前ほどの優良物件逃すほどあいつは馬鹿じゃねぇよ!」

 土方はじっとりと銀時を睨む。

「お前、俺の話ちゃんと聞いてたか?」
「聞いてた! ちゃんと聞いてたって! お前いろいろ考えすぎて変なループに入っちまってるだけだよ! まずは自信を取り戻せ! 大丈夫だ! はちゃんとお前に惚れてるよ、ぞっこんだよ! 俺が保証する! 幸せにしてやれ! お前にしかできないことだ! な?」
「その慌てぶり、妖しいな。やっぱお前、となんかあるのか? そうなのか?」
「だから、んなわけねぇって言ってるだろ! なんだよ! また振り出しかよ! どー説明すれば分かってもらえるんですかぁ!? あー、酔っ払いに説明しても無駄か! そりゃそうだよな! でもこんな話、しらふでできる気がしねぇ!」

 銀時が頭を抱えていると、やっとが戻ってきた。

「どう? 話はついた?」

 と言いながら襖を滑らせたを、土方が手招きする。

「おぉ、ちょうどいいところに戻ってきた。ちょっと、こっちに来い。ここへ座れ」
「何ですか?」
「いいから来いって」

 土方はの手を引き、自分の膝の上に座らせた。目を丸くするの肩を抱き、顔をのぞき込む瞳は、どう見ても正気ではなかった。

「万事屋が言うにはな、お前は俺に惚れていて、ぞっこんだそうだ。間違いないか?」
「銀さん、そんなこと言ったの?」

 銀時を睨みつけようとしたの顎を、土方の武骨な手が掴む。

「今、俺が聞いてんだよ」

 酔った勢いで、そうです、惚れてます、ぞっこんです、と答えればいいものを、なぜかは答えを渋る。銀時は焦った。これ以上土方の機嫌を損ねるようなことをしても何もならない。おだてて、機嫌を取って、いい気分にさせてやればとりあえずこの場は収まる。嘘を吐く必要があるわけでもないのに、何を躊躇うことがあるのか。

「ねぇ、銀さん? どうしてこんな流れになったの?」
「いや、俺にもよく分かんねぇや、何でこうなったんだ?」
「私と銀さんは何にもないって説明してくれたんじゃないの?」
「そうだよ。その結果がこれだよ」
「だから、今俺が話してんだよ! てめぇは少し黙ってろ!」

 土方が怒鳴って、銀時は慌てて口をつぐんだ。これ以上は火に油を注ぐだけだ。

「で、どうなんだ?」
「えっと、そうですね……」

 は困り顔をしながら、ちらちらと銀時の様子を伺っている。助けを求めているのかもしれない。銀時は気づかないふりをして、手酌で酒を注ぐ。

「もちろん、そうですよ。はい」

 の声は消え入りそうに小さい。土方は不満そうだ。

「なんだよ、その小せぇ声は。これじゃ俺が無理矢理言わせてるみてぇだろうが」
「そりゃ、そうですよ。脈絡がなさすぎますもの。それに……」
「ん? 何だって?」

 の耳元が、いつの間にか真っ赤に染まっていた。あんなに飲んでもほんのり桜色に頬を染めただけだったのに、今では秋の盛りの紅葉のようだ。

「……銀さんの前で、恥ずかしいです」

 平気で下ネタを言ったかと思えば、惚れた男に好きというだけで生娘のように照れたりする。女心は分からない。

「というわけだ、お前、帰れ」

 土方が強い口調で言う。

「やだね。まだ酒が残ってんだよ、もったいねぇ」

 銀時は酒瓶を抱きしめて首を振った。つまらない痴話喧嘩に巻き込まれた上、必要なくなったら厄介払いされるとはいくらなんでも薄情というものだ。最初に邪魔者扱いされたと騒ぎ立ててたのは土方だ、そんな扱いをされたらどんな気持ちがするか分からないはずもないのに、よく平然とそんなことが言える。それに、この酒は銀時と土方のために女将が用意してくれたものだ、独り占めされるのは我慢ならない。

「俺のことはいないものと思えばいいだろ。俺も何にも聞かなかったことにしてやるから、お前らはお前らで勝手にしろや」
「そんな、無茶な……!」
「おぉ、そうか。そりゃ好都合だ」

 何か言いかけたを、土方が唇を塞いで遮った。



 そして、こういうことになったのである。

 着物を脱ぐ手間も惜しんで、土方とは激しく交わった。初めは銀時の目を気にして、やめてだの恥ずかしいだのと抵抗したも、快楽に抗えずあっという間に溺れていった。土方はすっかり銀時に背中を向けて、銀時など初めからそこにいないかのように振る舞った。

 酒と肴の並んだテーブルの向こうに、の白い足が突き出ている。小山のような土方の背中が揺れるのに合わせて、の足も揺れる。何かを耐えるように、ぎゅっと握り込んだ爪先がやけに艶めかしい。

 の喘ぎ声を聴きながら飲む酒は美味かった。まるで、いい音楽を聴いているようだ。我ながら悪趣味だ、とは思う。けれど、は嫌々抱かれているわけではないのだ。誰もが労働に汗水流している真っ昼間に、心から惚れた男に抱かれて、酒の力を借りた強い快楽に酔う。背徳感に裏打ちされた幸福だ。他人の幸福を肴に飲む酒が、不味いはずがない。

 の声がひときわ激しくなったと思ったら、糸が切れたように静かになった。どうやらひと段落したらしい。

 様子を伺っていると、土方の背中がテーブルの下に沈んだ。それとほぼ同時に、蛙が潰れるような悲鳴が上がる。

「ちょ、重い、土方さん? 土方さんってば」
「どうした?」
「あ、銀さん、悪いんだけど、ちょっと、助けて」

 仕方なく、テーブルを回り込んでみる。土方がの体の上に乗ったまま倒れていて、身動きをしない。は土方に組み敷かれたまま、二進も三進もいかずにいる。

 土方の帯を掴んで横に転がすと、土方の股間の先が白い糸を引いた。

「あぁ、ありがとう」

 白い体液が溢れる股間を隠すように足を閉じながら、息も絶え絶えにが言う。

「終わった途端に潰れちまったのかよ、こいつ?」
「そうみたい。飲ませすぎちゃったのね。そんなにお酒強くないのに、悪いことしちゃった」
「自分でペース守れねぇこいつが悪いんだろ。自業自得だ」
「ごめん、ちょっと、手を貸してくれる?」

 伸ばされた手を取って、ぐっと引く。上半身を起こしたは、着物も髪も乱れて酷い有様だった。剥き出しの肩や胸には赤い花弁が散ったような痕が残り、割れた裾から濡れた足が丸出しだ。

 銀時は流水紋の着物を脱いでの肩に着せ掛けてやり、テーブルの端にあったティッシュボックスを取ってやった。

「ほらよ、お疲れさん」
「ありがとう。お疲れさんだなんて、なんだか変な感じ」

 は苦笑いしながら、ティッシュを二枚抜いた。

「変なところ見せちゃって、ごめんね」
「俺も邪魔して悪かったな。酒が美味くてよ」

 は銀時の着物の前をかき合わせて胸元を隠し、テーブルの下で濡れた足と股間を拭う。耳元や頬が紅葉色のままで、まだ興奮が冷めていないことが分かる。紅葉狩りの気分でを見つめながら、銀時は酒を煽る。

「ねぇ、私がいない間に土方さんとどんな話したの?」

 は、下半身丸出しにして伸びている土方を見下ろしながら言った。

「私と銀さんは何にもないって、ちゃんと言ってくれた?」
「言ったよ。言ったけど、こいつが鼻っから聞く耳持たないんじゃ、いくら言ったって無駄だな。それに、俺とお前のことが気になるっていうよりも、別の問題があるみたいだ」
「別の問題って?」

 を幸せにする自信が持てないこと、それがそもそもの原因らしいが、それをに伝えてしまうのは、何かが違う気がした。それは、土方が自分の力で乗り越えていくべき問題だ。

「まぁ、お前が心配することじゃねぇよ、ほっとけほっとけ。時間が解決するさ。それにしても、こいつに疑われてるっつーのに、お前はずいぶん嬉しそうだったな」

 銀時が話をそらすと、は茶目っ気のある顔で笑った。

「あ、分かっちゃった?」
「まさかMに目覚めたとでも言うつもりじゃねぇだろうな」
「違う違う。だって、銀さんに焼きもちを焼くって言うことは、それだけ私のことを思ってくれてるって言うことでしょう? そう考えると、責められてても嬉しくなっちゃうのよ」
「それはつまりMってことだろう」
「違うってば。もう、銀さんってば意地悪なんだから」

 話しながらも、の目は土方に注がれていた。その眼差しは、どことなく切ない。

 乱れた着物を直すわけでもなく、ただぼんやり座り込んでいる肩のなめらかな線を、銀時は自分でも気づかないうちに凝視していた。そんな自分が、情けなかった。酒のせいにしたい。けれど、それで大失敗して痛い目を見たことがこれまでに何度あったか。もうあんな思いはするまいと酒を断つ決意をしたのに、その誓いは立てた数だけ破ってしまった。今こそ、その決心を再び思い出さねばならない時だった。

「ねぇ、銀さん」

 がにやにや笑いながら振り返る。その笑顔に、銀時は思わずぎくりとした。

「ところで、それどうするつもりなの?」
「……それってなんだよ?」

 が笑顔のまま指差したのは、銀時の股間だった。硬く尖ったものが布を下から押し上げ、テントを張ったような形になっている。

「……いつから気づいてたんだよ?」

 銀時が気まずく苦笑いすると、は四足歩行をするようにテーブルを回り込んできた。

「最初から。テーブルの下から見えてたの」
「お前、やってる最中に他の男の股間見てたのか? とんだあばずれだな」
「たまたま目に入っただけよ。銀さんは糖分取りすぎてほとんどEDって聞いてたけど、良かった、ちゃんと使えるみたいで。なんだかほっとしたわ。長い冬が明けたみたいな安心感だわ」
「いや、人のもんを春先に芽生えた土筆みたいにいうの止めてくんない?」
「あぁ、そういえば昔、春先によく土筆摘みに行ったねぇ。お浸しにすると美味しいのよねぇ」
「止めてくんない? 食い物に例えるの止めてくんない?」

 は銀時の足元まで這ってくると、銀時の股間を上から覗き込む。顔を上げてにっこりすると、それはそれは可憐な仕草で首を傾げてみせた。

「良かったら、抜いてあげようか?」
「いやいやいやいや、何言っちゃんのお前? 銀さんの土筆は抜いちゃダメだって、食えないって! お前、いくらなんでも飲みすぎだよ、しっかりしろ! 俺は土方くんじゃないんだよ? そりゃあいつよりも数段イケメンで、俺の方がずーっといい男だし、土筆のお浸しも美味いけども! 酔った勢いで間違い起こすなんてシャレになんねぇよ! ついさっきまで俺たち何にもねぇって力説してたのが全部パーじゃねぇか! 気をしっかり持て!」

 銀時がまくし立てている間にも、は銀時のズボンの前ボタンを外し、ファスナーを下ろし、苺柄のトランクスの前から硬くなったそれを取り出して握っていた。

「お前、人の話を聞けぇ! 後ろに土方くんいんだぞ!?」
「でも、酔いつぶれてるでしょ」
「いつ起きてくるかなんて分かんねぇだろうが! こんなところ見られたら言い逃れできねぇよ! 下手したらふたりとも斬って捨てられるぞ!?」
「大丈夫、大丈夫。心配しないで」

 何を根拠にそんなことが言えるのか、銀時にはさっぱり分からない。

 の手がふわりと銀時のものを握り、先走って溢れた体液を指に馴染ませながらゆっくりと上下に撫でる。思わずため息が溢れてしまって、銀時はとっさに後ろ手に両手をついた。

 の手は温かく、肌が柔らかい。絶妙な力加減の愛撫。もう片方の手は銀時のふたつの玉に触れると、お手玉を転がすように弄び始めた。

 銀時は思わず喉の奥から喘ぎ声を漏らしてしまう。

「勘違いしないでね。これは、そういうのじゃないから」

 は落ち着いた表情でそう言ったが、本当の意味で落ち着いているとは、銀時には思えなかった。

「そういうのじゃないなら、何なんだよ?」
「そうだなぁ、強いて言えば介護? 寝たきりのお爺ちゃんのおむつを変えてあげてるみたいな」
「誰が寝たきりの爺だ!」

 は手を止めずに笑った。

「ごめんごめん。言い方が悪かった。いやらしい意味じゃなくて、家族に手を貸すような気持ちだって言いたかったの」

 銀時はぐっと言葉に詰まった。家族、と言われて、悪い気はしない。

「ねぇ、銀さん」
「んあ?」
「もしも、仮によ? 私が土方さんと出会わないで、今もひとりだったとしたら、銀さんといい仲になることも、あったと思う?」

 の手のひらから与えられる快楽と、抑揚のない静かな声は、不思議な一貫性をもって銀時の胸に響いた。

 ふたりとも、酷く酔っている。平常心ではない。だからこそ、この瞬間に丸裸になった魂が燦燦と光を浴びているような気がした。こんな時は、噓も誤魔化しも通用しない。

「ありえないだろ」

 きっぱりと言った銀時に、は素直に頷いだ。

「だよね。今こんなことしてても、ちっともどきどきしないもの。やっぱり銀さんを男としては見られないな」
「お前、さては試したな?」
「銀さんだって人のこと言えないでしょ。私で勃っちゃって戸惑ってたくせに」
「うるせぇよ。無理矢理押し倒してひぃひぃ泣かせたろか? 銀さんを甘く見るなよ、いつでも優しいと思ったら大間違いだぞ」
「できもないしないこと言うもんじゃないわよ」

 銀時は熱いため息を吐きながら、額に手を当てた。苦しいほどの快感に歪む顔を見られたくなかった。口では強気なことを言っても、こんな顔では格好がつかない。

 つい喘ぎ声を上げてしまいそうになるのをぐっとこらえるために、銀時は重ねて強がりを言った。

「男と女ってのは、どうやっても分かり合えないもんだ。同じ人間なのに、見えるものも感じるものも違う。色恋っていうのは、それでも分かり合いたい、理解したいと思える相手とするもんなんじゃねぇのか。俺とお前は、互いを知りすぎてる。妬いたり妬かれたり、愛情を確かめ合ったり、駆け引きしたり、それが色恋の醍醐味だろ。そういうのは、土方くんとの方が楽しめるんじゃねぇ?」

 は深く微笑んだ。

「そうね、私もそう思う。銀さんのおかげで、土方さんが焼きもち焼いたり焦ったりするところ、たくさん見られるのよね。そういう土方さんが、私とっても好きなの」
「悪女だな。せいぜい、嫌われねぇ程度にしとけよ」
「肝に銘じておきます」

 と、その時だ。ガタンッ、と大きな音がして顔を上げると、土方の瞳孔の開いた鋭い瞳が銀時を捕らえていた。いつの間にか、土方が目を覚ましていた。

「よ、よぉ。おはよう」

 銀時が青ざめてそう言うと、が銀時のものを握ったまま後ろを振り返り、のほほんと笑った。

「あ、おはようございます。大丈夫ですか?」

 この状況でどうして笑っていられるのか、銀時は信じられない。は今、銀時の着物を肩から羽織っている。一体どういう状況に見えているだろう。

「いや! これはだな! お前が心配するようなことじゃねぇんだよ!? 全然! 頼むからそれだけは分かってくれる!? 本当に! 神に誓って何でもないから! マジだからァ!」

 慌ててまくしたてる銀時を、土方はニヒルに笑い飛ばした。

「おむつ替えにいつまでかかってんだよ?」
「やだ、聞いてたんですか?」
「まぁな」
「声かけてくれれば良かったのに」
「面白そうな話してたからな」
「……お前ら、この状況でなんでそんな平然としてられんだよ?」

 実際のところ、誰ひとり平常心を保ってなどいなかった。日常からかけ離れた空間、色欲に濡れて溶けた下半身、身も心も熱をもって、狂っている。酒に飲まれて、溺れて、そのまま水底に沈んでいくようだ。

 非常事態は、人間の本質を炙り出す。綺麗なものも汚いものも、一緒くたに白日の下にさらされてしまう。魂が光を浴びれば、嘘や誤魔化しは一切通用しない。本音も建前もない。

 ただ、そこにあるものだけが、ありのままで、正しい。

「お前らが何を考えてるのかは、だいたい分かった」

 土方はそう言いながら、の背中に覆いかぶさった。はこの期に及んでも銀時のものを離さず、首だけ回して土方を見ている。

「つまり、は俺のもんってことでいいんだな?」
「最初っからそう言ってるよ!! ったく、すんげぇ回り道したな!! あぁ!! くそ面倒臭ぇ!!」
「遠回しな言い方しかしねぇお前が悪いんだろうが!」

 土方は怒鳴りながら、銀時の着物を捲り上げての腰を掴む。「ひゃっ」と悲鳴を上げるを無理矢理四つん這いにしたかと思うと、ぐっと腰を押し付けてを貫いた。

 銀時の目の前で、の瞳の中に星が散った。

「おいおい、まだやんの? こいつ、もういっぱいいっぱいなんじゃねぇの?」
「いちいちうるせぇな。やっと俺だけのもんだって思えたのに、抱かずにいられるわけねぇだろ」
「はぁ、お前も本当、好きだねぇ」
「あぁ。こんなに惚れ抜いた女、他にいねぇ」

 土方が腰を強く打ち付けると、は叫ぶように喘いで体中をびくびく震わせた。とっさに銀時のものを離してしまい、は懇願するように土方を見る。

「土方さん、待って、もうちょっと、ゆっくり……!」
「あぁ? そんなに手間取ってんのかよ? 遅漏かよ?」
「んだとてめぇ! 誰が遅漏だ! こっちは久しぶりなもんだからじっくり楽しんでんだよ! 邪魔すんな!」
「あぁ、そうかよ。そいつは悪かったな。だが俺もそう堪え性のある方じゃねぇんだ。これ以上俺の女使われるのも癪だし、後はひとりで抜け」
「だめ、土方さん。私が始めたんだから最後まで私がやります」
「そうか? お前がそういうならしょうがねぇな」
「お前、こいつの言うことだけは聞くのな!」

 そしていつの間にか、三人でくんずほぐれつ交わることになってしまった。

 家族の世話をするようだ、と言ったと同じ思いが、銀時の中にもある。それを体現するように、銀時の手は己のためではなく、の快楽のために働いた。

 激しく土方に貫かれ膝を立てていられなくなったの体を支え、溺れる者が藁をもつかもうとするように泳いだ手を力強く握り返し、目元に落ちかかって邪魔そうな髪を払ってやり、口元からだらしなく垂れる涎を拭ってやる。の言った、介護という言葉が何度も頭をよぎった。

 は懸命に銀時のものを愛撫し、勢いよくほとばしった精液を白い胸で受け止めた。それに激怒した土方がを抱いたまま銀時に殴りかかろうとしてひと悶着あり、また続きが始まるということが何度か続く。そのうち、土方と銀時が揉めないためには、互いに目を合わせないことが一番だということに気づいて、を間に挟んで壁のようにする体位に落ち着いた。

 男は精液を出し尽くせばそれでしまいだが、女の欲望には際限がない。は土方と銀時の精を代わる代わる受け止め、決して音を上げたりはしなかった。

 が土方にしがみついて、下から突き上げるものに合わせて腰を振っているのを眺めながら、銀時はその背中に射精した。

 それを指ですくって、の口元に持っていく。

、ちょっとこれ舐めてみ?」

 頭の芯まで熱に浮かされた目で、は抗うことなく銀時の指を口に含む。火傷しそうに熱い舌が、ぞろりと銀時の指を嬲る。

「わぁ、あまぁい」

 はうっとりと笑った。

「てめぇ、汚ねぇもの飲ませてんじゃねぇよ」

 嫌悪感たっぷりにそう言った土方は酒瓶を掴むと、勢いよくラッパ飲みして、酒を口に含んだままに口付けた。顎をびしゃびしゃに濡らしながら口移しをした土方は、悪い顔で笑うと、を腕の中に閉じ込めるように抱きしめた。

「消毒完了」



 そうして、人を飲み込み溺れさせる酒は、やっと空になったのだった。













20210203