銀さんが真選組の副長設定(土方さんとのW副長)です。血なまぐさいです。それでもいいよって人はお楽しみください!















 もう何年前のことになるだろう。記憶はおぼつかないが、10月10日だったことは間違いない。

 その日、坂田銀時という人間は生まれた。

 松陽が用意した夕飯はやけに豪華だった。まるまると太った川魚に塩を振って焚火で焼いたもの、山で摘んだ山菜やきのこと兎の肉を鍋にぶちこんで煮込んだ味噌汁、その上、白米でつくったおむすびに饅頭まであった。

「どうしたんだ? これ」

 銀時が目を丸くしていると、松陽はにっこりと微笑みながら言った。

「今日はお祝いですよ」
「お祝いって、なんの?」
「君の誕生日です」
「たんじょうび?」

 銀時は初めて耳にした言葉を口にして、唇がむずがゆいような複雑な顔をした。松陽は温かく目を細めて頷いた。

「そうです。人間は自分が生まれた日を境にひとつ年を重ねるんですよ。あなたは今日で10歳になったんです」
「歳なんていくつでもいいけど、なんで今日?」
「こんな話を知っていますか。人間は、母親のお腹の中で十月十日を過ごしてこの世に生まれてくるんです」
「ふぅん」
「あなたは鬼ではなく、人間として生きていかなくてはいけません」
「?」
「今日、10月10日に、君は10歳になった。だから、君はもう鬼でいるのはやめましょう。あなたは人間、坂田銀時です」
「何言ってんのかよくわかんねぇ」
「今はそれでもいいです。さぁ、食べましょう」

 こんがりと焼けた魚を串ごと差し出されて、銀時は迷わずそれにかぶりついた。松陽は何がそんなに面白いのか、いつもと変わらぬにこにこ顔で銀時を見ていた。

 白米を炊いて作ったおむすびなんて、戦場で拾った腐りかけしか食べたことがなかった。松陽が握った、あのいびつな形をしたおむすびほどうまいものを食べたのは、生まれて初めてのことだった。





十 月 十 日





「真選組副長、坂田銀時とお見受けする」

 名前を呼ばれて、銀時は鼻をほじりながら後ろを振り返った。

 物騒ななりをした男が三人、刀を携えて立っていた。チビとデブとハゲだ。一様にたすき掛けにした袖からは浅黒の腕が覗き、額には揃いの鉄の額当てが巻かれている。

 さっきから感じていた殺気はこいつらのものだったかと合点がいって、銀時はピンっと鼻くそを弾き飛ばした。

「おぅ、なにか用かい? 迷子になったんなら、表通りに交番があるぜ。案内してやろうか」

 銀時の言葉を無視して、真ん中に立っていたチビが鯉口を切りながら一歩前に出た。

「訳あってその命、頂戴する。神妙に勝負せよ」
「悪いが俺は忙しいんだ。一応、お巡りさんだからな。腕試しなら他をあたってくれ」
「ほざけ……!」

 チビが刀を抜きざま踊りかかってくる。銀時は白刃が頭上に振り下ろされるのと同時に目にも止まらぬ速さで刀を抜いた。次の瞬間、刀の柄を握ったままの両手が重い音を立てて地面に落ちた。まだ何が起こったのかを理解できないままでいるチビを、銀時は足蹴にする。やっと銀時が居合でチビの両腕を斬り落としたのだと察したハゲとデブは、頭に血がのぼるを抑えきれずに、大声を上げて銀時に襲いかかってきた。銀時は歯牙にもかけずデブの胸をひと突きにし、手首をひねって傷口をえぐる。喀血して前のめりに倒れてきたデブをハゲに向かって蹴り飛ばし、その反動で抜いた刀でハゲを袈裟斬りにする。

 勝負はあっという間に決着した。

 銀時は折り重なるようにして倒れたふたりを冷たく一瞥すると、両手のあった場所を見下ろしてがたがた震えているチビの前に立ち、その顎の下に刀の切っ先を突きつけた。

「だからやめとけって言ったんだ。お前ら、どこのもんだ? ヅラの手下か? それとも鬼兵隊か?」

 チビは血走った目から涙をぼろぼろこぼしながら銀時を見上げた。その眼差しに既視感を覚えて、銀時は眉根を寄せる。この顔を知っていると思う。けれど覚えていない。それでも分かるものがあった。

「……どちらでもありません、銀時さん」

 弱々しい声でチビは親密に銀時の名を呼んだ。

「私はあなたを知っています。白夜叉、あなたがそう呼ばれていた頃、一緒に戦っていました」
「それがなんで今更俺の命なんか狙いに来た? あぁ、借りてたエロ本返してなかったっけ? 悪いな、あれもう無くしちまったよ」

 チビはわずかに口の端を持ち上げて笑った。

「そんなのはもういいんです。銀時さん、どうして……」

 唐突に、チビの口から嗚咽が漏れた。その頬を涙が川のように流れている。両腕の切断面から、赤い肉と白い骨がむき出しになって、滝のように血が流れていた。地面に赤黒い血だまりができているほどだ、チビハはいずれ失血死するだろう。

 銀時は感情のない目でそれを見下ろしたまま、手助けはしなかった。

「銀時さん。どうして、幕府の犬なんかに成り下がってしまったんですか? かつては幕府に目にもの見せてやろうと、あんなに必死に戦っていたじゃありませんか」

 銀時は手首をひねって刃を返すと、チビの首筋にそれをあてがった。血に濡れた刃にチビの涙が落ちる。それっぽっちの涙では洗い流せないほど、銀時の刀は血で黒く汚れていた。

「銀時さん、答えてください、どうして……」
「いろいろ事情があるんだよ。お前も大人になれよな」

 言うなり、銀時は男の頸動脈を斬った。血飛沫が散る。男は静かに倒れ込み、泣き顔のまま絶命した。

 銀時は男の袴の裾で刀の血糊を拭い鞘に収め、何事もなかったような顔をして踵を返した。血の匂いに少しだけ気持ちが高ぶっていたが、それも表通りに出て人混みに紛れてしまえばすぐに落ち着いた。

 ひとり街を歩きながら、銀時は思う。

 この街に暮らす誰とも自分は違う。間違いなく、ほんの数分前に三人の浪人を斬り殺した男は自分の他にはいないだろう。そんなことをしておいて平気な顔をして街を歩ける人間だっていないだろう。

 かつて白夜叉と呼ばれていたことがある。敵陣の中で目立つ銀髪と、その剣の腕を夜叉にたとえられた。あながち的外れなたとえではなかったと自分でも思う。自意識過剰ということではなく、自分に敵う腕を持つものは片手で数えられるくらいしか会ったことがない。

「生き残るために強くならざるをえなかった子」と、吉田松陽は銀時を評してそう言った。そういうものかと思った。物心ついた頃から手慰みの玩具のように刀は銀時のそばにあった。銀時にとってそれが生きるために強くあるということと同義だったのだが、衝撃だったのは、他の誰もそんな努力をすることもなく銀時と同じ歳かそれ以上の年月を生きているということだった。

 自分は他の誰とも違う。

 同じ戦場を生き抜いた仲間たちとも違う。

 ましてや恵まれた環境で日々をのうのうと過ごし恋や友情にうつつを抜かして過ごす連中とは、生きている次元が全く違うと思う。

 かつて呼ばれたその名の通り、きっと自分の正体は鬼なのだ。

 人混みに紛れていれば見かけだけは人間の形を保っているように見えるかもしれない。けれど、ちょっと殺意を向けられただけで鬼の顔がすぐに顔を出してくる。化けの皮が剥がれてしまう。

 ふと見上げると、ビルの壁面の大型ビジョンに今日の日付とトップニュースが流れていた。

 10月10日。

 人間として生きろと言ってくれた松陽はもうこの世にいない。銀時が殺した。この手で首をはねた。松陽はいつも口癖のように「化物の剣では化物は斬れない。人の剣で強くなってくれ」と言っていたが、松陽の命を奪ったあの剣が、松陽のいう化物の剣より強かったのかどうか、銀時にも分からなかった。

 松陽の言う強さとはなんだったのだろうか。銀時にどんな強さを身につけてほしいと願っていたのだろうか。

 その答えをくれるはずの先生はもういない。だから自分自身で答えを出すしかないのだが、それはいつも堂々巡りで、解けない謎は月日を追うごとに銀時を苦しめた。

 楽になれるものなら、なりたい。けれどどうしていいか分からない。

 鍵をなくした閉ざされた箱は、その箱ごと壊すしかないんだろうか。それとも風雨に晒して錆びて朽ちるのを待つか? そんな長い年月をこんな重い荷物を持ったまま生きていける自信はなかった。

「銀さん!」

 はっとして、銀時は声のした方に目をやった。

 人が多すぎて声の主が分からない。きょろきょろと首をめぐらしていると、人混みの中から誰かが背伸びをして大きく手を振っているのを見つけた。

 人を掻き分け掻き分け、やっと銀時のもとにたどり着いたは、肩で息をしながら笑った。

「よかった、気づいてくれて」
。何してんの?」
「ちょっと買い物。屯所に戻るの? 一緒してもいい?」
「いいけど。こんな時間までふらふらしてていいのか? 仕事は?」
「心配しなくても私は銀さんと違って段取りがいいのよ」
「んだと、聞き捨てならねぇな。誰が段取り悪いって?」
「銀さんに任せた書類の処理がなかなか終わらないって、土方さんが文句言ってたわよ。戻ったら覚悟しておいた方がいいと思うわ」
「俺ァそういうの苦手なんだよ。仕事回してくる方が悪いんだ」
「それならそうと土方さんにはっきり言えばいいのに。そしたら仕事の分担考えてくれるかもよ」
「あいつに頭下げるなんて死んでも御免だよ」
「もう少し仲良くできないの? 真選組の副長同士、協力し合えばいいのに」
「お前はときどき正論をぶってすげぇ無茶なことを言うよな」

 の歩調に合わせてゆっくりと歩みを進めていると、ささくれた気分が少しずつ滑らかになっていくのが分かった。不思議だった。こんなたわいもない話をしているだけで、鬼の気配が遠ざかっていく。人間の輪郭が戻ってくる。

 松陽の笑顔を思い出した。女と並んで歩く自分を見たら、松陽は人間らしくなったと笑ってくれるだろうか。

「あら、銀さん怪我してるの?」

 と、は銀時を見上げて眉を寄せた。

「別になんともねぇけど」
「でも血がついてる。ちょっと待って」

 銀時は自分の体を見下ろしてみた。着崩した隊服は、手入れをさぼっているせいであちこち皺が寄ってくたびれてはいるが、赤い汚れは見当たらない。

 は胸元から懐紙を取り出して銀時の頬を拭った。白い懐紙に小さな血の跡が残る。あの浪人の返り血だ。に悟られたらと思うと銀時はぞっとしたが、は懐紙を小さく折りたたみながら笑った。

「虻にでもかまれたのかしら。でも、腫れてはないみたいね」

 どうやら気づいていないらしい。銀時はこっそり胸をなでおろして、そっぽを向いてとぼけた。

「そうか、気づかなかった」
「本当にいつもぼんやりして、銀さんは」

 は仕方がなさそうに眉を下げて笑った。

 胸の奥にぽっと火がともったように温かくなる。突然のことに、銀時は戸惑った。その火はあっという間に体のすみずみまで広がって、銀時を今にも駆け出したいような気持ちにさせた。けれどを置いてひとり走り出すわけにもいかず、むやみに体をもぞもぞさせてなんとかやり過ごした。

 は血で汚れた懐紙を懐にしまいながら笑った。

「早く帰ろう。今日の夕飯はさんまの塩焼きよ」
「俺は甘いもんの方が好きだよ。かぼちゃの煮たのとか」
「さんまは今が旬なんだから、一年で一番美味しいのよ」
「美味いより安いの方がお前は大事なんだろ」
「美味いも安いも両立するわよ」

 ふたりで屯所への道を歩きながらたわいもない話をする。

 そうしている間だけは間違いなくただの人間でいられるような気がして、銀時はその安心感に泣きたいような気持になった。

 今の自分を見たら、松陽は何と言うだろう。

 また答えの出ないことを思って、銀時は苦笑した。

 は銀時の隣で笑っている。










Happy Birthday!! GINTOKI SAKATA!!




20181010