ぶり大根、かぶと塩昆布の和え物、小松菜と油揚げとえのきだけの味噌汁、そして豆ご飯。渋沢さんとふたりで囲む食卓は賑やかだ。高タンパク低脂肪のメニューは、管理栄養士の意見を参考に渋沢さん自らが立てた献立で、調理をしたのも渋沢さんだ。私はかぶを切って塩昆布と和えるのを手伝った。それだけなので、胸を張って手伝ったというのはどうかとは思うのだけれど、

「かぶの和え物、おいしいよ」

 と、渋沢さんは柔らかく笑いながら言ってくれる。切って混ぜるだけなんだから誰が作っても同じ味になるだろうし、それをわざわざ褒められても気を遣わせたようで申し訳なくて素直に喜べない。  私は曖昧に笑って、だしの染みた大根を口に含んだ。ぶりのあらの出汁がしっかりと染みて透明な飴色になった大根はほろりと柔らかくて、旨味は体の芯まで届くようだ。

「ぶり大根もすごくおいしい」
「そうか。口にあって良かった」
「毎日自炊してるの?」
「毎日ってわけではないよ。チームメイトと外食も結構するしね。不規則になることもなるから、できるときは自炊してバランス取ってるって感じかな」
「えらいね。ちゃんと自己管理できてて。私なんか普段はコンビニのサンドイッチばっかり」

 コンビニに通い詰めて、ご飯も自分で炊かない女、栄養のことなんか何ひとつ分かっていなくて、ミネラルが何者だとか、ビタミンBとビタミンDの違いもちんぷんかんぷんで、仕事を乗り切るためには栄養バランスの取れた食事や睡眠よりもブラックコーヒーを選んでしまう。そんな私の食生活を知ったら、いくら優しい渋沢さんでもきっと呆れてしまう。けれど、上手に嘘をつけるほど私は器用じゃない。

「サンドイッチが好きなんだ?」

 想定外の言葉が返ってきて、私はぽかんと目を丸くした。

「うん」

 渋沢さんは何がそんなに楽しいのか、目を線のように細めて笑いながら言う。

「どんなのが好き?」
「うーん、レタスとチーズとかかな」
「トマトは?」
「ちょっと苦手。お肉もあまり食べないかな。軽いものが好き。それから……」
「それから?」

 私の脳裏に子どもの頃に読んだ一冊の本が思い浮かんだ。こんなたわいもない思い出話をしてもいいものだろうか、迷ったけれど、渋沢さんが私をじっと見つめて待っていてくれるから、私は勇気を出して口火を切った。

「昔、読んだ本に出てきたサンドイッチが好きなの。炒り卵とレタスのサンドイッチなんだけれど、本の中ではキンレンカっていう葉っぱも挟むの。ワサビみたいなカラシみたいな味がするらしくて、作ってみたいなと思うんだけど、どこで売ってるか分からないし、実を言うと炒り卵もうまく作れなくて……」

 言っているうちにだんだん恥ずかしくなってきて、私は深く俯いた。炒り卵も作れないほど料理下手な私は、恋愛する資格なんかないんじゃないだろうかとら思える。みじめな感情が押し寄せてきて胸のあたりがぐっとへこんだような気持ちがした。なんとか苦手を克服したくて努力したけれど、私の遺伝子は料理に関する何かのコードが欠落しているとしか思えないほどうまくいかなかった。こんな私が生きていてごめんなさい。そんなことを考えてしまう自分がばかみたいでむなしくて消えてしまいたい。

「キンレンカ、か。本の中ではどこで買ったか書いてないの?」
「お庭から摘んでくるの」
「その本、読んでみたいな」
「え?」

 目を丸くした私を、渋沢さんはまっすぐに見つめて笑っている。笑顔が眩しい。そんな風に笑いかけて、渋沢さんは一体どうしたいっていうんだろう。分かっているけれど、信じられない。だってあの渋沢さんが私を? こんなに完璧な渋沢さんが、こんなにずぼらな私を?

「もしできそうだったら、そのサンドイッチ作ってみるよ。それを持って、ピクニックにでも行こうよ」

 胸が詰まって、泣きそうになる。こんなに美味しいぶり大根を作る渋沢さんは、どんなサンドイッチを作るんだろう。想像するだけでわくわくした。

「楽しみ。すっごく」

 なんだか照れくさくなって、私は豆ご飯を口いっぱいに頬張った。

 渋沢さんは満足そうに笑いながら、デザートにおいしい羊羹があるよ、と誘うように言った。







20190720(拍手再録)