あなたらしいこと
「退部届?」
白い封筒に、黒いペンで書かれた三文字。見慣れた文字ではあるけれど、この手に取るのは久しぶりのことだ。厳しい練習に耐えられずに部を去る一年の退部ラッシュは5月末頃。今は夏休みに入ったばかりの、都大会を目前に控えた初夏だ。時期はずれといえばそう。
「あぁ。二年の福田だ」
名前をだされてもすぐに顔が浮かばない。二年といえば同級生のはずだけれど、部員が多すぎて全員の顔と名前はいまだに一致していない。
「……誰でしたっけ?」
「覚えてないか? この間二軍に上がったばかりだったんだが、残念だな」
「あ、思い出した。隣のクラスの福田か、学級委員の」
軽く手を打って納得する。確か彼は成績も上の中で、もう大学受験を意識しているとかいないとか言われていたっけ。けれど、マネージャーである私が覚えていないくらいなんだから、サッカー部ではそんなに目立った存在ではなかったはずだ。
「よく覚えてましたね」
「そうか?」
なんだか、覚えていないことの方が不自然、とでも言いたげな顔でキャプテンはそう言った。もしかしてこの人は部員全員の顔と名前を一致させたりできるのかな。
「仮にもキャプテンなんだ。当然だろう」
今更だけれど、この人はなんてキャプテンらしいキャプテンなんだろう。隣のクラスの部員の顔も思い出せない私とは、大違いだ。
「……私は覚えてませんでしたけど」
どうしてなのか、言葉に刺が出てしまう。くやしいのかもしれない。キャプテンらしいキャプテンが、完璧すぎて隙がないから。
「覚えてたじゃないか。学級委員だって」
「言われなくちゃ思い出せませんでしたよ」
「それでも、忘れたままよりはましさ」
キャプテンはいつでも穏やかに笑っているけれど、その時に目が合うことはまれだ。だってこんな風に二人きりで会話するときにしか。目を合わせることなんてことはないから。頬が熱くなったような気がして、その視線から逃れるように目をそらす。そんなことをしてもキャプテンが気を悪くすることはないと知っている。
「……そういうもんですかね」
「そういうもんだ。……そうだ、
。今度の練習試合のことなんだが」
キャプテンはそう言って、数枚のプリントを私の前に広げて見せた。
キャプテンは、どうしてそんなに完璧なんですか? 疲れたりしませんか? 面倒くさくなったりしませんか? そんな質問はきっと野暮なんでしょうね。だって、その完璧ささえあなたにとっての優しさで、きっとあなたにしか持てないものなんですから。
20050502