ミルクのように深々と甘い、いい匂い。
赤ちゃんの額に鼻先を近づけてしみじみとそれを味わっていると、赤ちゃんが小さなくしゃみをした。
「かわいい」
思わず言葉がこぼれてしまう。口元が自然に緩んで、顔中の筋肉が弛緩するのを止められない。私は今、世界で一番腑抜けた顔をしているに違いない。でも、そんなことどうでも良くなるくらい、目の前にいる赤ちゃんは天使のようにかわいい。
「そうか?」
水野くんはベビーベッドの柵に肘をついて、じっと赤ちゃんを見下ろしながら言った。
「かわいいよ。ちっちゃくて、ふわふわで、すごくいい匂いがする」
「俺は、なんだか怖い」
「どうして?」
「だって、あんまり小さくて、弱々しくて、触ったらすぐ壊してしまいそうな気がする」
水野くんは不安そうな顔をして赤ちゃんを見ている。けれどその眼差しは、怖いもの見たさ、というよりも、その怖さをどうやったら乗り越えられるか、じっくりと作戦を立てている人の真剣さを帯びていて、私は水野くんのこういうところがとても好きだなと思う。目の前にある避けられない問題から、水野くんは決して逃げたりはしない。
「大丈夫だよ。そんなに簡単に壊れたりしないから」
「そうかな?」
「だっこしてみる?」
「いや、それはまだちょっと無理」
「じゃぁ、ちょっと触ってみるだけ」
私は手本を見せるように、手のひらに収まってしまうくらい小さな赤ちゃんの頭を撫でる。それから、つきたてのお餅みたいにふわふわの頬っぺたを指でつついてみる。握りしめた紅葉の葉のような手に指を差し出すと、赤ちゃん特有の反射でぎゅっと握り返してくれる。
「かわいい」
溢れる笑みを止められず、つい口からこぼれてしまう。何度言っても足りないくらいだ。
水野くんもやってみて、というつもりで視線を上げる。水野くんは端正な眉をしかめて、頬の高いところをほんのりと朱色に染め、伸ばした手は赤ちゃんではなく、私の頬に届いた。
「本当、かわいいな」
水野くんの指に頬を優しくつままれる。痛くはないけれど、からかわれているような、はぐらかされたような気がして、ちょっとかちんとくる。
「私じゃなくて」
その手を振り払うと、水野くんはやっとむつかしい顔をほどいてくすりと笑った。
「ごめんごめん」
「もう、早く慣れてよね。この子は水野くんの弟なんだから」
「分かってるよ」
水野くんは優しい眼差しで赤ちゃんを見つめている。まだその手で触れることはできないけれど、そこには確かに、生まれたばかりの小さな命を慈しむ愛情が満ちていて、私は赤ちゃんと手をつないだまま、水野くんの優しい横顔に見惚れた。
水野くんはきっと、いいお兄ちゃんになるだろう。年が離れているから、父親のようにもなるかもしれない。どちらにしろ、とても優しい頼りがいのある家族になるだろう。今はまだ頬に触れることもできないけれど、きっと近い将来にはそうなるだろう。
赤ちゃんを怖がってむつかしい顔をする水野くんも、父親のように優しく面倒見のいい水野くんも、私はきっと同じくらい好きだと思う。
水野くんにつままれた頬がまだほんのりとくすぐったくて、私はこっそり指の腹でその場所をこすった。
赤ちゃんには触れなくても、私のことは平気で触る水野くんのことを、私はとてもひとりよがりに、好きだなぁと思う。
20180305
拍手御礼夢、再録。