傘が壊れた。コンビニで買った安っぽいビニール傘だから仕方がないが、タイミングが最悪だった。土砂降りとまではいかないが、小雨と言うには遠慮が過ぎる。家に着く頃には確実にびしょ濡れになってしまうくらいの雨模様だ。
ぽんっと軽快な音を立てて、色とりどりの傘が開いては昇降口の外へ出ていく。その淀みない流れの中、
はぽつんと立ち尽くした。
「……ついてないなぁ」
はある条件の下ではものすごく諦めがいい。選択肢が極端に限られた場合、やむを得ない状態に追い込まれた場合というのがそれだ。
覚悟を決めて、足を踏み出す。家に着いたらすぐにシャワーを浴びればいいことだ。雨の中傘も差さずに歩くことに何の抵抗もなかった。
「あれ、
ちゃん?」
と、その時声を掛けられて、足を止める。振り向くと、大きな青い傘を持った藤代が立っていた。
「藤代くん」
「今帰り?」
「うん。部活は?」
「雨だから休みなんだよ」
藤代の言葉はいつもと違ってどこか不機嫌だ。ボールを蹴られないことがよほどつまらないらしい。
「あぁ、そっか」
「
ちゃん、傘は?」
藤代は鞄を肩に掛けただけの
の両手をわざとらしく見やった。
は素直に答える。
「壊れちゃって」
「マジで? じゃ、今日どうやって帰んの?」
「このまま帰るけど」
「えー? だめだよ、風邪引くって」
「だって仕方ないし……」
「俺入れてくよ?」
藤代は
の答えを待たず、傘を広げて外に出た。雨の滴がぱたぱたと傘を濡らす。その傘を差し出すようにして、藤代は軽く首を傾げて
を促した。けれどはすぐにそれに答えない。当然と言えば当然だ。藤代は武蔵森学園では有名人で女子の人気も高く、下校時間の今昇降口は生徒で溢れかえっている。どうしても周りの視線を気にしてしまう。
「いいよ、別に」
「なんで? 濡れるじゃん」
「大丈夫だよ。それくらい」
「なんで? 遠慮しなくていいよ?」
「……だから、いいって」
決して何も分かっていないわけではないのだろうけれど、ここまで優しいとありがた迷惑だ。
はため息を押さえきれない。
と、その瞬間、
は藤代に腕を取られて無理矢理傘の中に引き込まれた。
「なんでそう意地張るかな」
ひとつの傘に入ると突然二人の距離が近くなる。
は驚いてぱちくりと瞬きをした。藤代は青い傘の下で、にこりと笑った。
「いいじゃん、たまには。駅まで送ればいい?」
「寮と反対方向じゃん」
「それくらい平気だよ」
藤代は背が高いから、目を合わせているとすぐに首が痛くなった。それも理由のひとつになって、
は妥協する。こんなにもきらきらした笑顔の藤代に抗い続けるのは馬鹿馬鹿しいことに思えた。
「……じゃぁ、お願いする」
「やったっ。二人で話すの久しぶりじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ。いっつもキャプテンとかと一緒だったりするし」
「あぁそれはそうかも」
「だろ?」
藤代の傘は男物のそれで幅が広い。二人並んで中に入っても狭さは感じなかった。藤代の肩に届くか届かないかくらいの背丈しかない
は、ふとその横顔を見上げてみる。思ったことは、なんて雨の似合わない人だろう、という直感的な事実だ。
「……傘、似合わないね。藤代くん」
「え? なに?」
呟いた言葉は雨音に紛れて聞こえなかったようだ。
は何でもないと答えて首を振る。藤代は軽く首をひねったけれど、なぜか楽しそうに笑った。安直な例えだけれど、まるで青い傘の下の太陽のようだと
は思った。
20071130